透次詩帖


透次詩集「街」

詩集「街」

Ⅰ 他人の春

Ⅱ 革命

Ⅲ 五月の夢

Ⅳ 窓を閉めた曳航

Ⅴ 指紋

Ⅵ 街

Ⅶ 約束

Ⅷ 寄生

Ⅸ 身支度

Ⅹ 錆びた錨が君臨する街



Ⅰ 他人の春

 

(1)

窓が風で鳴れば

並木のさざめく

小学校脇を歩いている

はだらの月がたゆたい

雲は夜も巡っている

グランドから匂ってくる

亡んだ汗の臭い

そういえばいまぼくは

胸に手をあてて寝ている

 

 

(2)

焦がれすぎて

燃えさかる方位の

窓を開けると

作り笑いの数だけの

胸の穴ぼこを

烈風が吹き抜ける

太陽だけが

区切れる日々

不滅を望む者は

銀河系に連なれない

 

 

(3)

知らなくても

生きていける

他人だっていじらしく

割れることもある

誰が振り返っても雨

誰が見上げても空

涙を泣く人は

くらしを暮らせない

春はこぞって

嘘を泣く

(了)



Ⅱ 革命

 

(1)

革命を待ちかねていた

誰かがおこす革命を

亀裂という亀裂から

いっせいに息吹く春

みなぎりすぎた

果肉の精のように

粉を吹く春

 

 

(2)

革命を待ちかねていた

誰かがおこす革命を

大樹のふもとの眠りが

限りなく死に近い

蘇った風のひとむら

たしかに春は間氷期の

腐臭のある季節

ほんとうはだれひとり
野心などかけらもないのだ

 

 

(3)

油と鉄屑の臭う広場で

群衆が狂喜している

街はあばかれている

窓灯りの影でしかなかった人々の

軒下の秘密が

広場に散乱している

 ぞくぞくと街はあばかれている

ほんとうはだれひとり

野心などかけらもないのだ

誰かが起こす革命を

待ちかねていたのだ

世界地図を

どれほども焦がせない

革命を

(了)



Ⅲ 五月の夢

 

(1)

五月の夢は

いつも

うっすらと

発汗している

都会での食事は

咀嚼音だけがなぜ響くのだろう

床に落とした銀のフォークの

照り返しに怯える目よ

おしきせの会話は

願いごとの失われた念仏

産み落としてから

見知らぬ言葉におののく舌よ

 

 

(2)

増殖に気づいたときには

すでに

別のどこかが浸蝕されている

おおいなる失語と引きかえの

ちっぽけな饒舌よ

そして

五月の夢は

いつも

ちろちろと

発光している

(了)



 Ⅳ 窓を閉めた曳航

 

(1)

ゆるやかな湾の弓形は

どこへ収斂する

指と指のあいだの入江に

船が入る

約束の言の葉を潮に濡らして

岬の切り岸に立ち並べば

誰もが誰よりも

島の最果て

もう孤独な鴎の瞳をして

波の音も風の音も聞こえない

 

 

(2)

ゆるやかな湾の弓形は

どこまで爆ぜる

指と指のあいだの入江から

船が出る

指はやさしさのぶんだけ

とぎすまされてゆく

突起だ

ひょうひょうと渡る海風のなかで

結んだ掌が掌に感じる骨

そこだけが妙に堅く熱く

ぶらぶらと所在のない希望だ

 

 

(3)

波頭が崩れることで

永遠をたもつ海に

船を曳いてゆこう

すべての窓を閉ざしながら

舟を曳いてゆこう

沈黙が轟く空

舳先に絡みつく

横ざまの夢

 爪先から頭髪の先端までを

海原に浮かべるのだ

愛想のない言葉を

泡沫として流しながら

(了)



Ⅴ 指紋

 

(1)

輸出梱包作業員は

出勤する

桟橋への地下道を

燃えながら抜けて

港の守衛に

燃えかす色をした

指紋をかくし

朝の挨拶をする

 

 

(2)

輸出梱包作業員は

梱包する

汗まみれの指は

どの国へも渡れず

指紋だけが

段ボールを這う

粘着テープとともに

遥か異国へと

輸出される

 

 

(3)

輸出梱包作業員は

梱包する

輸出梱包作業員の鼻歌と

輸出梱包作業員の故郷と

輸出梱包作業員の独白と

輸出梱包作業員の現在もろともに

輸出梱包作業員は

梱包する


 

 

(4)

梱包する社長

を梱包する専務

を梱包する部長

を梱包する課長

を梱包する係長

を梱包する主任

を梱包する輸出梱包作業員

が梱包する段ボール

に付着した指紋

 

 

(5)

輸出梱包作業員は

梱包される

輸出梱包作業員の嘆きと

輸出梱包作業員のためいきと

輸出梱包作業員の憤怒と

輸出梱包作業員の過去まるごとに

輸出梱包作業員は

梱包される

 

 

(6)

輸出梱包作業員は

帰宅する

指紋だらけのロッカーから

指紋だらけの地下道を抜け

指紋だらけの夕暮れを

指紋だらけの路地を通り

指紋だらけの

二階の部屋へと

(了)



Ⅵ 街

 

(1)

どこまでも

落ちてゆきたかっただろう

舗道にうけとめられ

雨のようにはおいそれと

染みこめない落ち葉よ

あやつり糸をなぞるように

地に舞い落ちて

はじめてやすらかに朽ちてゆける

そして俯き歩く人達も

みな

むくろを移すのが

秋だ

 

 

(2)

舗道で着ぶくれた街に

逃げ場のない宿命が

それぞれの染みこめない重みで

のしかかる

いつのまにか

器物破損と信号無視への衝動だけが

歩いている

はたして

期待の厚さに

宝くじ一枚が

耐えられるだろうか

(了)



Ⅶ 約束

 

(1)

光の途切れる

岬への径は

この街のどこの路地から

行けるのだろうか

そこまでのあてどない

迂回としての

街よ

 

 

(2)

約束なんて

路上にころがる

捨て場のない

不燃のゴミだ

ついに風を孕めなかった

黒いポリ袋の横腹の

ぬくいふくらみ

命を宿してしまったから

捨て去ることが罪となる

口を結わえられたまま

持ち去られるだけの

不要という生命を

 

 

(3)

閉ざされたそれぞれの窓に

あたたかく秘密がにじむ

木塀がせき止めている

くらしの嵩

決して起こってはいけないことが

ほんのひと息だけ横で

息をはずませている

(了)



Ⅷ寄生

 

(1)

星ひとつずつ

消してゆき

星ひとつずつ

醒めてゆく

 

生れた秋にひとしきり

こみあげるものもなく

季節へのむなしい

忠誠のみが残る

 

 

 

 

(2)

どうせいつしか

知らないうちに

眠りにつく

布団を鼻先まで

たぐりあげる

か細い風で

芋虫のように

冬へと転がりこもう

かじかんだ足先が

ひくひくとひきつるのは

生きているという

おしきせの証だ

 

 

 

 

(3)

生れ落ちたときから

うかつにも

自分自身に寄生してしまった

皮膚下におし黙る

見ず知らずの化石よ

右足のなかの

何本目かの年輪が

痒い

(了)



Ⅸ身支度

 

(1)

何度か替わっても

そこへ帰るしかない

部屋をめざす

寒い夕日が落ちる

地平すれすれに裸電球が落ちる

もうなにも映さない夕闇の

高架線の下で

泣き疲れて

丸太んぼうになる

 

 

(2)

いつも焼けていたい空の

曖昧なたかみから

名づけられぬ光が降る

手すりの油を

指でなぞりながら

たった二階の

昂まりへむけて

階段を昇ってゆく

 

 

(3)

そこで目覚めるしかない部屋

目覚し時計を止めてからのひととき

浅夢だけが

ほんとうの夢を

夢見ている

枕元ではいつしか

もうひとりのじぶんが

布団を抜け出して

四畳半ほどの

身支度をはじめている

(了)



Ⅹ錆びた釘が君臨する都市

 

(1)

裏返した甃のした

あたたかい腐植土のしたで

しずかに膨れている釘よ

錆びた釘は

這うことをやめた蚯蚓のように

くの字となって横たわる

火傷のごとくに腫れている

一本の釘の大いなる遺跡は

遠い滅亡の兆

いま鈍色の街に別れを告げよう

夢の金型は

とうに溶かされた

 

 

 

(2)

この鋼鉄の街にいま別れを告げる

もう鋳型に流すべき

誰もが狼のように目を光らせて

だれもがひそやかに噂をし合い

誰もが置き去りにしてきたもの

街に君臨してきた

錆びついた釘よ

 

 



 

 

(3)

いつしか

ビルの中空にぶら下がる錨は

ときおりぬるい風に吹かれて

呪詛の舞いを舞いはじめる

海の記憶からの呪縛が

街を金縛りにする

 

 

 

(4)

おお

摩天楼が崩壊する

錆びた釘は中空で葬られる

見よ

すべて焦土と化したあとの

粉塵のむこうには

すでに闇市の蜃気楼

あの復興というひとすじの煙が

立つのだろう

街の過去を知らない子どもたちが

生まれはじめるのだろう

さらば

さらば鋼鉄の街よ

錆びた釘の君臨した街よ

(詩集「街」了)

 



透次詩集「傘」


         

          詩集「傘」

 

         Ⅰ 雨の朝

         Ⅱ 秋の傘

         Ⅲ 冬の傘

         Ⅳ 春の傘

         Ⅴ 夏の傘

 



Ⅰ雨の朝

 

(1)

雨の朝

失くした傘を思い出す

赤傘は顔を隠し

青傘は骨の髄までしぼめられ

黒傘はいつも重く立てかけてある

思い出となりすぎた幸せが

どくどくと動悸する

 

 

(2)

雨の朝

失くした傘を思い出す

善良な間借り人たちに

囲まれて

ふるえている雨の朝

真顔は真顔と

のがれようもなく

同期する

 

 

 

 

(3)

雨の朝

失くした傘を思い出す

ホームや改札での

見覚えある他人

ガード下の落書きはほの白く

明日の朝でさえ遠い未来だ

ましてや目覚まし時計を

雨後に合わせるぐらいでは



 

 

(4)

雨の朝

失くした傘を思い出す

四方八方が方位だらけの

朝食の皿には

蚯蚓腫れの干からびた

ソース痕が盛り上がる

このまま昂まりもなく

夜を待つことはできない

 

 

(5)

雨の朝

失くした傘を思い出す

少なくとも呆けたまなざし

保存よりも凍結のための冷蔵庫

テレビを消したら液晶は

薄気味悪い巨大な

網膜となるから

ラジオは聞き耳をたてて

 

 

(6)

雨の朝

失くした傘を思い出す

玉を入れすぎた数珠の

紐ははち切れて

板の間に流れた

ともかくも

行動をせねば

いたずらな行動をせねば

(了)



Ⅱ秋の傘

 

(1)

平らかなチェルノーゼムを

鍬で掘り起こして

幾筋もの山脈をつくる

土ははじめてひらかれた時から

すでに朽ちている

家も物干しも

優しい油彩画のように

どこかがいびつだ

礎の下半分は

いつまでも風を知らない

 

 

(2)

電柱の下の公衆電話へと

孤独なひとびとの

けもの道がたなびく

背後でふと

花弁の開く音がした

〈虫の音が降るようです〉

あなたが樹下で

傘を開いたのだ

(了)



Ⅲ冬の傘

 

(1)

紫色の空から捨てられる

石塊の匂い

世界の音という音を

雪が吸い込み

はきだされた無響のことばが

雪の壁にこつんとつきあたる

夜の上に雪が降り

雪の上に夜が降りる

死にまたあたらしい死が

重なるように

 

 

(2)

音の絶えた遠い駅へと

書生が暖をとる駅を乗り越して

逢いにゆこう

無響音は無響室へと帰り

橋はいつまでも道の途中

底流を孕んだ凍河の上

雪にまた

新しい雪が

降り積もる

 

 

 

(3)

こんな淋しい夜に

帰ってゆくひとよ

飛び立つかたちで

あなたはそっと

肩の骨をひらく

雪という白い重さを

あらゆる方位へ

頒けることができるものは

 

屋根と

背中と

道の途中で

ずっしりと重くなる

冬の傘と

(了)



Ⅳ春の傘

 

(1)

音符のように

揺れながら落ちてくる

夥しい色の傘

落下傘になりたかった

極彩色の傘

 

砂嵐は帰ってきた

心は砂埃まみれだ

 

 

(2)

珈琲色の雪解け水

泥だらけの道は

きれぎれの青空を映しながら

古い地図のように

凝固しながら

乾いてゆく

 

 

(3)

傘を開いて逆さにすれば

いつのまにか溜まっている

シャボンの匂いと朝の風

こうもり傘は熱を帯びて

アザラシの皮膚のように

濡れて光る

春の雨は傘を透過して

顔は乾いたまま

黒々と濡れてゆく

(了)



Ⅴ夏の傘

 

(1)

窓辺の花は色褪せて

風に移ろう薄い毒よ

夢の中で男達は

首のない胸像であろう

汗の染み込んだ白い開襟は

たとえば敗残兵の翻す

旗の匂いがするだろう

美しい夏の埃をたてて

長靴に付着した黄土が

ほろほろ剥げ落ちる

砂嵐は帰ってきた

心は砂埃まみれだ

 

 

(2)

夢の中で男達は

ただうなだれた

ネアンデルタール人のように

風に吹かれているだろう

夢の中の男達は

石膏質の部屋で

粉を碾いているだろう

白壁の物干しには

木乃伊の包帯が

なびくだろう



 

 

(3)

空白の帳面を

風がときおり捲る

昼下がりの部屋から

たった今

起きだしてきたところだ

画用紙のざらざらの裏面を

たんねんに摩りながら

起きだしてきたところだ

鋏で切り刻む音を

こめかみにかみしめながら

起きだしてきたところだ

 

 

 

 

(4)

 

炎える灯台は

岬に立てられた白墨

光を屈折させて海へと降りてゆく

夏のひとよ

蒼白の浜に焦げた木片が

流れつくのを見ている

陽光はあらゆる秘密を照らしても

日傘の下には

顔のかたちの

夜がある

(詩集「傘」了)



透次詩集「潟」


詩集「潟」

 

Ⅰ潟の記憶

Ⅱ人形

Ⅲ鬼

Ⅳ化石

Ⅴ校舎

Ⅵ家



Ⅰ潟の記憶

 

(1)

天上の節目模様が

眸を持ちはじめる

羊を千頭数えても眠れない

たかぶる心のかたわらで

てるてる坊主だけが

目を瞠りながら寝息をたてる

少年の記憶

花が落ちるまでの

ほんの短時間の行楽だというのに

 

 

 

(2)

ほんとうの郷愁は

日本で二番目の面積を持つ

潟の記憶

ほんとうの郷愁は

置いてきたくらしと

別の匂いのする夜具

ほんとうの郷愁は

潟のそよぎのような

襟元の糊のすりあう音

 

 

(3)

潟は亡んだ

干拓村の水位の碑の高さには

水位の亡霊がたなびくだろう

潟は亡んだ

残存湖には打瀬船の

魂魄が浮遊する

潟は亡んだ

地面はいまかつての湖底で

掘り返せば潟下駄の骨が出る

(了)



Ⅱ人形

 

(1)

人形よ

捨てられた人形よ

路傍に横たわる

ひとのかたちよ

 

 春が来たど

 鈴っ子鳴らす馬のせなの

 なだらがな稜線が乾いで

 春が来たど

 乾いだ径が雲のように広がって

 ぽっくぽっくど音っこたでで

 春が来たどよ

 ほれ川向うさ地蔵様あるべ

 そのたもどさ

 人形が捨てられであったど

 

 

(2)

人形よ

運命を路傍に横たえる

ひとのかたちよ

いつか色褪せた遠い日の

頬擦りの記憶よ

 

 春の雪っこ降ってきたや

 ちょこっと昔さ

 戻りでぐなってしまうような

 こんたうっすら昏れた晩げに

 春の雪っこ降ってきたや

 

 

(3)

人形よ

涸れきれない業を

路傍に横たえる

ひとのかたちよ

昔日を小さな腕に愛されて

小さな腕に捨てられた

 

 あだがだ死んだらだめだしよ

 あどこれ以上出会いはいらねども

 みんな死んだらだめだしよ

 へば寝るべがな

 明日の朝まは

 旅人にでもなりでなや



 

 

(4)

人形よ

路傍に横たわる

ひとのかたちよ

持ち主の悲しみが

消えぬかぎり

物はいつまでも

死ぬことができない

(了)